リアルケーススタディ:夫婦の一方がキャリアチェンジ・早期リタイア希望時、共働き投資戦略はどう変わるか
共働き夫婦の資産形成は、お二人の収入を柱として比較的安定的に進められる一方で、どちらか一方の働き方が変化する可能性も考慮に入れておく必要があります。特に40代後半ともなりますと、キャリアの転換期を迎えたり、あるいは早期リタイアを具体的に検討し始めたりする方もいらっしゃるでしょう。こうした働き方の変化は、世帯全体の収入や将来計画に大きな影響を与え、ひいてはこれまでの投資戦略の見直しを迫る重要な要因となります。
共働き夫婦の場合、一方の収入減少や消失をもう一方がカバーしやすいという側面がある一方で、夫婦それぞれの資産状況やキャリア観が異なるため、変化への対応策や投資戦略の調整について、しっかりと夫婦間で協議し、共通認識を持つことが不可欠です。今回は、リアルなケーススタディを通して、夫婦の一方がキャリアチェンジや早期リタイアを希望・実行する際に、共働き夫婦の投資戦略をどのように見直し、対応していくべきかについて考察いたします。
なぜ働き方の変化が投資戦略に影響を与えるのか
夫婦の一方の働き方が変化すると、主に以下の点において、これまでの投資戦略に影響が及びます。
- 世帯収入の変動: 退職による収入の減少や消失、転職による一時的な収入減または増加、独立による収入の不安定化など、世帯全体のキャッシュフローが大きく変動します。これは、毎月の積立投資額や、将来の取り崩し計画に直接的な影響を与えます。
- リスク許容度の変化: 収入が減少したり不安定になったりすると、多くの場合、世帯全体のリスク許容度は低下します。これまで積極的にリスクを取れていたポートフォリオでも、見直しが必要になる可能性があります。
- 将来目標の再設定: 特に早期リタイアを検討する場合、リタイア時期やその後の生活費、必要となる資産額など、ライフプラン全体の目標設定を見直す必要があります。これにより、資産形成のペースや取り崩しの開始時期などが変更されます。
- 資産管理・税務上の影響: 一方の働き方が変わることで、配偶者控除などの税金、社会保険料の負担、iDeCoの加入資格など、資産管理や税務面で考慮すべき点が出てきます。
- 時間の使い方の変化: 投資に関する情報収集やポートフォリオ管理に使える時間が増える(または減る)こともあり、投資への関与度合いが変わる可能性があります。
ケーススタディ:働き方の変化と投資戦略の調整
具体的な状況を想定し、共働き夫婦がどのように投資戦略を調整すべきかを見ていきます。
ケース1:夫(または妻)が会社を辞め、独立・転職活動に入る場合
例えば、夫が長年勤めた会社を辞め、自身の事業を始めるために準備期間に入ったり、異業種への転職を目指して一時的に無職になったりする場合です。妻は引き続き現在の仕事を継続します。
- 影響: 世帯収入は妻の収入のみとなり、大きく減少または一時的に不安定化します。この状況がどの程度続くか不確実なため、将来への不安が増し、リスク許容度が低下しやすい傾向があります。
- 共働き夫婦が取るべき対応策:
- 緊急予備資金の確認・増強: まず、急な支出や不測の事態に備えるための緊急予備資金が十分に確保されているか確認します。収入が不安定になる期間を見込み、生活費の6ヶ月~1年分を目安に、安全資産(預貯金等)で準備します。もし不足している場合は、積立投資を一時停止してでも、まず予備資金の確保を優先します。
- キャッシュフローの見直し: 夫婦で現在の支出を洗い出し、削減できる項目がないか検討します。新たな収入源(失業保険、配偶者の開業準備中の収入見込みなど)と支出(国民健康保険料、国民年金保険料など)を正確に把握し、収支バランスを把握します。
- ポートフォリオのリスクレベル調整: リスク許容度の低下を考慮し、株式などのリスク資産の比率を一時的に引き下げることを検討します。市場の下落に直面した場合でも、生活資金に影響が出ないよう、ポートフォリオの安定性を高めます。ただし、長期的な視点を失わず、安易な売却による機会損失にも注意が必要です。
- 積立投資額の見直し: 毎月の積立投資(NISA、iDeCo、特定口座など)について、無理のない金額に減額するか、一時的に停止することも検討します。キャッシュフローが安定するまで、無理な投資は避ける判断も必要です。
- 非課税枠の活用優先順位: NISAやiDeCoなどの非課税枠は長期的な資産形成に有効ですが、一時的な収入減の状況下では、まず生活防衛資金の確保を優先し、その上で可能な範囲で非課税枠を活用します。
- 夫婦での情報共有と意思決定: 働き方を変化させる側は、自身のキャリア計画やそれに伴う収入見込み、必要となる経費などを具体的に共有します。働き方を継続する側は、家計を支える立場として、資金繰りやリスク管理について率直な意見を伝えます。お互いの状況を理解し、今後の投資計画について共同で意思決定を行うことが重要です。
ケース2:夫(または妻)が早期リタイアを希望・実行する場合
夫が50代前半で会社員を辞め、今後の生活は妻の収入とこれまでの貯蓄・投資資産で賄っていきたい、いわゆるFIRE(Financial Independence, Retire Early)を目指す、あるいは趣味や地域活動に専念するために早期リタイアを実行する場合です。妻は仕事を続けるか、あるいは時期をずらして自身もリタイアする計画かもしれません。
- 影響: 世帯収入が大幅に減少または消失します。これまでの資産形成期から、資産を計画的に「取り崩す」時期へと移行します。残りの人生で必要な資金を、既存資産と今後の収入(もしあれば)で賄えるかどうかが問われます。
- 共働き夫婦が取るべき対応策:
- リタイア後のキャッシュフロー計画: リタイア後の生活費(固定費、変動費、趣味・旅行費など)を具体的に見積もり、収入源(配偶者の収入、公的年金受給開始までの生活費、資産からの取り崩し、もしあればパート収入など)とのバランスを確認します。数十年を見据えた長期的なキャッシュフローシミュレーションを行います。
- 資産取り崩し計画の策定: どのような資産から、どのようなペースで取り崩していくか計画を立てます。一般的には、税制メリットの大きいNISAやiDeCoからの取り崩しは後回しにし、特定口座や課税口座の資産から取り崩す、といった順序が考えられます。年間の取り崩し率(例えば4%ルールなど)を決め、資産寿命を延ばす工夫が必要です。
- ポートフォリオのリスクレベル調整: 資産を「増やす」から「守りながら取り崩す」フェーズへ移行するため、ポートフォリオの安定性をさらに高める必要があります。株式などのリスク資産比率を下げ、債券や現金などの安全資産の比率を高めることを検討します。インフレリスクも考慮し、一定のリスク資産は維持しつつ、下落時のダメージを最小限に抑えられるバランスを目指します。
- 税務上の影響と対応: リタイア後の健康保険(任意継続、国民健康保険、配偶者の扶養など)、年金(国民年金への切り替え、任意加入など)、所得税(確定申告、扶与など)について、夫婦で確認し、最も有利な選択肢を選びます。資産を取り崩す際の譲渡所得税なども考慮に入れます。
- 夫婦間の役割分担: どちらか一方が早期リタイアした場合、家計管理や資産管理の役割分担を見直す良い機会となります。リタイアした側が資産管理や情報収集を積極的に行うことも考えられます。
- 定期的な計画の見直し: 資産残高や市場環境、生活費の変化に応じて、立てた取り崩し計画やポートフォリオを定期的に見直します。数年に一度、専門家に相談することも有効です。
共働き夫婦で取り組む意義とプロセス
夫婦どちらかの働き方変化は、共働き夫婦にとって、お互いのキャリア観、ライフプラン、資産状況について深く話し合い、今後の「世帯」としての方向性を再確認する絶好の機会となります。
- 変化の予兆段階からの対話: キャリアチェンジを検討し始めた、早期リタイアに興味がある、といった段階から、夫婦で率直な気持ちや考えを共有します。
- 現状の正確な把握: 夫婦それぞれの収入、支出、保有資産(口座別、資産クラス別)、負債などをリストアップし、世帯全体の現状を正確に「見える化」します。資産管理ツールなどを活用すると効率的です。
- 働き方変化後の計画共有と合意形成: 変化後の収入見込み、必要となる生活費、将来の目標(いつまでにいくら必要か、どのような生活を送りたいかなど)について、夫婦で共有し、現実的な計画を立てます。
- 共同でのリスク許容度再評価: 変化後の収入や資産状況を踏まえ、世帯としてどの程度のリスクを取れるか、夫婦で話し合い、合意します。
- ポートフォリオ調整の議論と決定: リスク許容度や将来計画に基づいて、具体的な資産配分の変更や積立額の調整について議論し、決定します。
- 定期的な進捗確認と見直し: 働き方変化後も、資産状況や市場環境を定期的に確認し、必要に応じて計画を見直します。特にリタイア後は、年間計画に基づき取り崩しを進め、資産残高を把握することが重要です。
まとめ:変化を機会に変える共働き夫婦の協働
夫婦の一方のキャリアチェンジや早期リタイア願望は、共働き夫婦の資産形成において無視できないターニングポイントです。しかし、これを危機として捉えるのではなく、夫婦で協力して資産状況やライフプランを見直し、より強固な基盤を築く機会とすることができます。
重要なのは、変化が現実となる前に、あるいは変化の初期段階から、夫婦で率直な対話を行い、お互いの考えや状況を深く理解し合うことです。その上で、世帯全体としてのキャッシュフロー、リスク許容度、将来計画を再評価し、具体的な投資戦略の調整や資産取り崩し計画の策定を共同で行います。
共働き夫婦は、別々の資産を管理していることも少なくありませんが、こうした大きなライフイベントに際しては、夫婦それぞれの資産を統合的に捉え、「世帯」としての全体最適を考える視点が極めて重要となります。定期的な夫婦会議を設け、資産状況や計画の進捗を確認し合う習慣を持つことで、変化の荒波を乗り越え、長期的な資産目標の達成に着実に近づくことができるでしょう。