「親の資産と私たちの資産」共働き夫婦が考える相続も視野に入れた全体最適化戦略
はじめに
共働きでキャリアを築き、お子様の教育資金やご自身の老後資金のために、堅実に資産形成を進めていらっしゃる方も多いことと存じます。投資経験も重ね、オンライントレードや資産管理ツールを駆使して、ご自身のポートフォリオを管理されている方もいらっしゃるでしょう。
しかし、40代後半ともなると、ご両親が高齢になられ、実家のご状況や将来的な資産承継について、現実的に考える機会が増えてくるのではないでしょうか。自身の資産形成計画とは別に、親御様からの資産をどのように受け継ぎ、それを自身の資産全体にどう組み込んでいくか、またそれに伴う税金や手続きについて、漠然とした不安や疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
共働き夫婦の場合、ご夫婦それぞれの実家のご状況が異なることもあり、この課題はさらに複雑になる可能性があります。この記事では、共働き夫婦が相続も視野に入れた資産の全体最適化を考える上で重要な視点と、具体的な考え方、そして夫婦でどのようにこの課題に取り組むべきかについて考察します。
なぜ「相続も視野に」自身の資産計画を考える必要があるのか
自身の資産形成は、ご夫婦で設定したライフプラン(教育、住宅、老後など)の目標額に基づき、リスク許容度に応じたポートフォリオを構築し、長期的に運用していくことが基本となります。これに対し、親御様からの資産承継は、いつ、どの程度の資産が、どのような形で発生するか、完全に予測することは難しい側面があります。
しかし、将来的な資産承継を全く考慮せずに自身の資産計画を進めていると、いざ相続が発生した際に、想定外の税負担が発生したり、承継した資産が自身の既存ポートフォリオとの整合性が取れず、資産全体として最適なバランスが崩れてしまうといった事態が起こり得ます。
特に共働き夫婦の場合、ご夫婦それぞれが独立した収入源を持ち、資産形成を行っている一方で、資産承継はどちらか一方の親御様から、あるいは両家から時期をずらして発生する可能性もあります。これにより、ご夫婦間の資産バランスや、資産全体のリスク分散にも影響が及ぶ可能性があるのです。
早期から相続を視野に入れることで、例えば生前贈与といった形で計画的な資産移転を検討したり、将来的な相続税負担を軽減するための対策を講じたりする時間的余裕が生まれます。また、承継する可能性のある資産の種類や規模をある程度把握しておくことで、自身の資産ポートフォリオを、承継資産も含めた全体としてどう最適化していくか、事前に検討しておくことが可能になります。
現状把握と夫婦・親子間でのコミュニケーション
相続も視野に入れた資産計画の第一歩は、現状の正確な把握から始まります。
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ご夫婦自身の資産状況の再確認: これは日頃から資産管理アプリなどで把握されている方も多いかと存じますが、改めて現金預金、株式、投資信託、保険、不動産、その他の資産について、種類、評価額、名義などをリストアップします。そして、教育資金、老後資金など、それぞれの資産がどのライフイベントに紐づいているのかを整理します。
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親御様の資産状況の把握(可能な範囲で): これは非常にデリケートな問題であり、親御様との関係性や考え方によって可能な範囲は異なります。しかし、将来的な資産承継を考える上で、親御様がどのような資産をどれくらいお持ちなのか、借入はあるのか、不動産は所有されているのか、などを把握しておくことは非常に重要です。
親御様がご自身の資産についてオープンに話すことに抵抗がある場合もあります。いきなり財産目録を求めるのではなく、「将来、何か困ったことがあった時に力になりたいから」「もしもの時に、スムーズな手続きのために知っておきたい」といった、ご自身の親への思いや、手続き上の必要性を丁寧に伝えることから始めると良いかもしれません。また、親御様が信頼している専門家(かかりつけの税理士や弁護士など)がいれば、その方を介して情報を得るという方法も考えられます。
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ご夫婦間での情報共有と話し合い: ご夫婦それぞれの実家の状況、親御様の考え方、そしてご自身が把握した情報について、率直に共有し話し合います。
- それぞれの親御様は、ご自身の資産についてどのように考えているか?(子に均等に残したいか、特定の目的のために使ってほしいかなど)
- 将来的に実家不動産をどうするか?(住む人がいるか、売却の可能性があるかなど)
- ご夫婦それぞれが、ご自身の親御様に対して将来的にどのようなサポートをしたいと考えているか?
- 把握できた親御様の資産状況を踏まえ、自身の資産計画にどのような影響がありそうか?
共働き夫婦の場合、お互いの実家に対する思い入れや、親御様との関係性も異なります。お互いの立場を尊重しながら、冷静かつ建設的に話し合うことが重要です。この話し合いを通じて、ご夫婦で「相続も視野に入れた資産全体をどう考えていくか」という共通認識を持つことが、その後の計画立案の基礎となります。
承継資産を自身のポートフォリオにどう組み込むか
親御様から資産を承継した場合、それはご夫婦自身の資産ポートフォリオの一部となります。承継した資産の種類(現金、預貯金、上場株式、非上場株式、投資信託、不動産、保険など)によって、自身の既存ポートフォリオとの整合性を考える必要があります。
例えば、ご自身は投資信託で世界分散ポートフォリオを組んでいるが、親御様から地元の不動産と特定の国内企業の株式を承継したとします。この場合、承継資産を加えた資産全体としては、不動産と国内株式への偏りが生じる可能性があります。不動産は流動性が低く、評価や管理に専門知識を要する場合もあります。
承継資産も含めた「全体最適」を目指すには、以下の点を考慮します。
- 資産構成の評価: 承継資産の現在の評価額を把握し(特に不動産の評価は専門家の協力が必要になる場合が多いです)、自身の既存資産と合算した資産全体の円グラフなどを作成して、資産クラス(現金、株式、債券、不動産など)や地域ごとの分散状況を確認します。
- リスク許容度との整合性: 承継資産を加えた資産全体が、ご夫婦で設定したリスク許容度に合っているかを確認します。例えば、流動性の低い不動産比率が高くなりすぎると、予期せぬ資金ニーズに対応しにくくなる可能性があります。
- ポートフォリオの調整: 全体として最適な資産配分にするために、承継資産の一部を売却して他の資産に再投資したり、あるいは自身の既存資産の配分を調整したりすることを検討します。ただし、承継資産(特に不動産など)には譲渡税などが発生する場合があるため、売却のタイミングや方法については慎重な検討が必要です。
- 承継資産の目的: 親御様が特定の資産(例:代々受け継がれた不動産)に特別な思い入れがあった場合、それをどのように扱うかをご夫婦で話し合う必要もあります。単なる投資対象として割り切るだけでなく、家族の歴史や思いを考慮に入れることも、資産承継における重要な側面です。
税金対策と専門家との連携
資産承継には、相続税や贈与税といった税金が密接に関わってきます。これらの税金について正しく理解し、計画的に対策を講じることは、手元に残る資産を最大化する上で非常に重要です。
- 相続税・贈与税の基本: 相続税には基礎控除があり、遺産総額が基礎控除額以下であれば相続税はかかりません。基礎控除額は「3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数」です。贈与税には暦年課税の基礎控除(年間110万円)や相続時精算課税制度などがあります。これらの制度を理解し、ご自身の状況に合わせた最適な承継方法を検討します。
- 共働き夫婦の視点: 共働き夫婦の場合、贈与を受ける際に夫婦どちらの名義で受けるか、また、どちらかの親御様から贈与を受けるかによって、税務上のメリット・デメリットが異なる場合があります。例えば、年間110万円の非課税枠は受贈者ごとに適用されるため、ご夫婦それぞれが親御様から贈与を受けることも可能です。
- 不動産と税金: 不動産を承継する場合、相続税評価額の計算は複雑になることがあります。また、承継後にその不動産を売却する場合には、譲渡所得税がかかります。特に取得費が不明な古い不動産の場合、譲渡所得税が高額になるケースもあります。
- 専門家への相談: 相続税・贈与税の計算や対策は専門知識が必要となるため、税理士や相続専門の弁護士といった専門家への相談を強く推奨します。特に、親御様の資産状況が複雑な場合(複数の不動産、非上場株式、事業用資産などがある場合)や、相続人が複数いる場合、あるいは将来的な相続争いを避けたいといった場合には、専門家の知見が不可欠です。
共働き夫婦で相談に行く場合、夫婦一緒に専門家の話を聞くことで、お互いの理解を深め、今後の対策について夫婦で共通認識を持って進めることができます。
共働き夫婦ならではの課題と工夫
相続を視野に入れた資産計画は、共働き夫婦にとって特有の課題も伴いますが、それを乗り越えるための工夫も可能です。
- 時間の確保: 日々の仕事や家事、育児に追われる中で、ご夫婦で腰を据えて話し合う時間や、親御様と向き合う時間を確保するのは容易ではありません。意識的にスケジュールを調整したり、オンラインツールを活用して情報共有や話し合いを進めたりといった工夫が必要です。
- 夫婦それぞれの実家への配慮: ご夫婦それぞれの実家のご状況や親御様との関係性は異なります。片方の実家から先に資産承継が発生する可能性もあれば、両家から同時期に発生する可能性もあります。お互いの親御様に対する思いや、実家の状況への理解を深め、夫婦間で不公平感が生じないよう、丁寧なコミュニケーションを心がけることが重要です。
- 意思決定プロセス: 相続に関する事項は、感情的な側面も伴いやすいため、夫婦で意見が分かれることもあるかもしれません。専門家からの客観的なアドバイスを聞いたり、第三者を交えて話し合ったりするなど、冷静に、そして将来を見据えた最適な判断ができるよう、夫婦で協力して意思決定プロセスを築くことが大切ですし、それは日頃からの投資判断における夫婦間の連携とも共通する部分があります。
まとめ
共働き夫婦にとって、自身の資産形成と並行して親からの資産承継を視野に入れた全体最適化戦略を考えることは、複雑でありながらも非常に重要なステップです。
早期にこの課題に向き合うことで、予期せぬ税負担を避け、承継資産を自身のライフプランやポートフォリオに効果的に組み込むことが可能になります。そのためには、まずご夫婦自身の資産状況を再確認し、次に親御様の資産状況を可能な範囲で把握することから始めます。そして、これらの情報を基にご夫婦で率直に話し合い、共通認識を持つことが何よりも重要です。
承継資産の種類や規模に応じて、自身のポートフォリオ全体のバランスを見直し、必要に応じて専門家(税理士や弁護士など)の知見を借りながら、税金対策も含めた最適な資産統合計画を立てていきます。
共働き夫婦ならではの課題、例えば時間の制約や、それぞれの実家のご状況の違いなども存在しますが、これらも夫婦で協力し、丁寧なコミュニケーションを図ることで乗り越えることが可能です。
この記事が、読者の皆様が相続も視野に入れたご自身の資産全体について考え、ご夫婦でより豊かな未来を築くための一助となれば幸いです。