共働き夫婦が活用する資産移転戦略:生前贈与や共有名義、税務メリットを夫婦でどう考えるか
共働きのご家庭では、それぞれがキャリアを築き、個別に資産形成を進めるケースが多く見られます。長年にわたり形成された資産は、教育資金や老後資金といった具体的なライフイベントへの備えとして重要ですが、同時に、将来の資産のあり方、例えば夫婦間でのバランスや次の世代への承継についても検討を進める時期に差し掛かっている方もいらっしゃるかもしれません。
資産移転と聞くと、多くの方が相続を連想されるかもしれませんが、生前に計画的に資産を移転させることは、資産全体のリスク分散を図り、特定の資産に名義が集中することによる将来的な手続きの煩雑さを軽減し、さらには税務上のメリットを享受できる可能性があります。特に共働き夫婦の場合、それぞれの収入源や資産形成のペースが異なるため、夫婦全体として最適な資産配置を考える上で、資産移転戦略は重要なピースとなり得ます。
共働き夫婦が検討すべき資産移転の主な手法
共働き夫婦が活用を検討できる資産移転の手法はいくつかあります。ここでは代表的なものをいくつかご紹介します。
1. 夫婦間での生前贈与
夫婦間での資産移転は、暦年贈与の基礎控除(年間110万円)を活用する方法が一般的です。この基礎控除内であれば贈与税はかかりません。例えば、夫名義の証券口座にある資産の一部を妻名義の口座に移すといったケースが考えられます。これを長年にわたって計画的に行うことで、夫婦それぞれの資産残高を均衡させ、将来の相続における手続きを簡素化したり、夫婦それぞれのNISA枠を最大限に活用する際の資金移動をスムーズにしたりといったメリットが期待できます。
また、居住用不動産やその取得資金の贈与においては、「おしどり贈与」とも呼ばれる配偶者控除の特例があります。婚姻期間が20年以上の夫婦間であれば、居住用不動産またはその取得資金について、基礎控除110万円とは別に最高2,000万円まで贈与税の配偶者控除が適用される制度です。これは、将来の相続において自宅を配偶者が単独で取得する場合の税負担を軽減したり、夫婦共有名義とすることで将来の資産活用計画の柔軟性を高めたりする際に検討されることがあります。ただし、この特例を受けるためには、贈与を受けた年の翌年3月15日までにその不動産に居住し、その後も居住する見込みであることなど、いくつかの要件を満たす必要があります。
2. 共有名義での資産保有
不動産や有価証券などを夫婦の共有名義で取得することも、資産移転の一種と捉えることができます。例えば、新たな不動産を購入する際に、夫婦それぞれの資金負担割合に応じて共有持分を設定することで、最初から資産を分散した状態で保有できます。これにより、将来的に一方が亡くなった場合の相続手続きにおいて、共有部分については相手方にスムーズに承継されるといった効果があります。
また、証券口座についても、夫婦それぞれが自身の名義で口座を持ち、資産を保有・運用することが可能です。NISAやiDeCoといった非課税制度も個人単位で利用できるため、夫婦それぞれの口座でこれらの制度を活用し、資産全体として非課税メリットを最大化する戦略は、共働き夫婦にとって特に有効です。これは直接的な資産移転ではありませんが、資産の「置き場所」を夫婦で分散し、管理するという点で、広義の資産移転戦略と言えます。
3. 子への贈与
読者ペルソナのライフステージによっては、お子様への資産移転も視野に入ってきます。教育資金や結婚・子育て資金の一括贈与に係る非課税措置は、一定の要件のもと、多額の資金を一括して贈与できる制度です。これらを活用することで、将来必要となる資金を非課税で準備し、計画的な資産の世代間移転を進めることが可能です。これらの制度は期間限定の措置であるため、利用を検討される場合は最新の情報をご確認ください。
共働き夫婦ならではの検討課題とリアルな事例
共働き夫婦が資産移転戦略を検討する際には、いくつかの共働きならではの課題があります。
- 時間的制約の中での情報収集と話し合い: 夫婦ともに忙しい場合、これらの複雑な制度について情報を収集し、夫婦間で十分に話し合う時間を確保することが難しい場合があります。例えば、週末の時間を活用して定期的に資産に関する話し合いの場を設ける、または専門家への相談を夫婦で行うといった工夫が必要です。
- それぞれの資産形成状況の違い: 一方が積極的な投資家で他方が預貯金中心、あるいは収入やキャリアパスが異なる場合、資産の偏りが生じていることがあります。資産移転は、この偏りを調整し、夫婦全体で最適なリスク分散を図る機会となります。例えば、夫名義の投資資産が大きく膨らんだタイミングで、妻名義の口座に暦年贈与で資金を移し、妻が低リスクの資産や非課税枠での積立投資を行うといった戦略が考えられます。
- 資産管理の「見える化」と共有: 夫婦それぞれの名義で資産を持つ場合、全体の資産状況を把握し、管理することが重要です。資産管理アプリやツールを活用して夫婦で共有できる仕組みを整えることが、全体の戦略立案と実行の基盤となります。
リアルな事例(架空):
Aさんご夫婦は40代後半の共働きです。お子様の大学進学資金とご自身の老後資金準備を進めています。夫名義の証券口座で投資信託の運用を長年行っており、含み益がかなり大きくなっています。一方、妻は堅実な積立投資をNISAで行っていますが、全体の資産額では夫の資産が大きい状況でした。
ご夫婦で話し合った結果、将来の相続時の手続きの煩雑さを避けたい、また妻の非課税枠をもっと活用したいと考え、夫から妻へ毎年暦年贈与(110万円)で資金を移転する計画を立てました。移転された資金は、妻が成長投資枠も活用して、これまでよりも積極的に積立投資に回すことにしました。これにより、夫婦全体の資産のリスク分散を図りつつ、非課税での資産成長を加速させることを目指しています。
また、今後住み替えを検討する際に不動産を夫婦共有名義で購入することも視野に入れており、その場合の資金計画や税務上の留意点について、事前に税理士に相談することを計画しています。
検討にあたっての注意点と専門家活用の重要性
資産移転戦略は、税務や法律が複雑に関わるため、安易な判断は避けるべきです。特に多額の資産移転を検討する場合や、特定の制度を活用する場合は、要件を満たしているか、税務上の影響はどうかなどを慎重に確認する必要があります。
- 贈与税の申告義務: 暦年贈与の基礎控除を超える贈与を受けた場合、贈与税の申告が必要です。
- 不動産共有名義の留意点: 不動産を共有名義とする場合、将来の売却時やリフォーム時などに夫婦双方の同意が必要となるほか、一方が亡くなった場合の相続手続きなども複雑になる場合があります。メリットだけでなく、デメリットも理解しておくことが重要です。
- 最新の税制確認: 税法は改正されることがあります。検討にあたっては、常に最新の情報を確認するか、専門家に確認することが不可欠です。
税理士やファイナンシャルプランナーなどの専門家は、ご夫婦の資産状況、ライフプラン、目標などを踏まえ、最適な資産移転の方法やタイミングについて具体的なアドバイスを提供してくれます。共働きで多忙なご夫婦にとって、専門家の知見を活用することは、効率的かつ正確な戦略実行の助けとなります。
結論
共働き夫婦が、長期的な視点で資産全体を最適化し、リスクを管理しながら効率的に資産を形成・保全していくためには、資産移転戦略の検討は避けて通れないテーマの一つと言えます。生前贈与や共有名義での資産保有、さらには世代間での計画的な資金移動など、様々な手法が存在し、それぞれに税務上のメリット・デメリットがあります。
重要なのは、夫婦で共通の目標を持ち、お互いの資産状況や価値観を共有した上で、これらの戦略についてオープンに話し合うことです。そして、必要に応じて専門家の助言を得ながら、ご自身のご家庭にとって最適な資産移転のロードマップを描いていくことです。計画的な資産移転は、単に税金対策という側面だけでなく、将来のライフイベントへの確実な備えとなり、夫婦間の信頼関係を深める機会にも繋がる可能性があります。